九江学院日本語教師池田公榮さんの生活記録
虹の架け橋  2006・1〜

                                                           
   虹の架け橋@(平成17年3月〜 5月30日)
   虹の架け橋A(平成17年6月〜 7月30日)

   虹の架け橋B(平成17年8月〜 8月31日)
   虹の架け橋D(平成17年9月〜10月31日)
    虹の架け橋E(平成17年11月〜12月31日)
 
虹の架け橋F(平成18年1月〜2月30日)
                     虹の架け橋G(平成18年3月〜4月11日)特集・(九江学院鹿児島訪問)
      虹の架け橋H(平成18年4月00日〜5月31日)
 
     虹の架け橋I(平成18年6月07日〜06月29日)
      
虹の架け橋J(平成18年8月25日〜10月29日)
 
     虹の架け橋K(平成18年11月2日〜12月31日)
      虹の架け橋L(平成19年01月1日〜03月31日)
 

      
 
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* 九江市訪問旅行……2009/08/29…
2009年4月15日から同25日まで九江市を訪問した。

1,旅程
 今回は福岡を起点に交通機関を選択した。福岡の良さは航空会社が2社なので、料金が安い。競争原理で、割引率が高い。会社名はチャイナエアラインと中国東方航空。料金は福岡ー上海間が往復4.8万円。

2,旅の目的と報告
今回は四つの目的で旅をした。
 @は九江学院大学を訪ね、日本のマンガを届けること。マンガは日本語専攻の学生にとってはとてもよい教材になる。
 
 私が教えた生徒たちもたくさん集まってくれた。後任の日本語教師とも会うことが出来、授業について情報の交換ができた。

 九江学院大は私が2007年12月、同校を去ってから、キャンパスが随分と拡張された。人工13億の中国はあらゆる面で規模も大きい。生徒4万を引き受けるための拡張工事である。
 
 ちなみに、Goagle アースで閲覧すると、九江学院の写真がふんだんに搭載されている。

 Aは九江教会の会堂建築献金を届けること。同教会は私が九江にいたとき、日曜礼拝に出席したことが縁で些少の献金を届けるためであった。新会堂もほとんどできあがっていた。旧会堂は2005年の九江地震で、壁に亀裂がはいり、危険建築物となったため、どうしても新築しなければならない事業であった。教役者を始め多くの信徒と親交を深めた。感謝!

 Bは妻とともにボランテアした幼稚園に手作りの小さな「コマ」を届けるためだった。園児数700人ぐらいの幼稚園なので800個用意した。園児たちは器用に回すことができ、うれしかった。園児職員と一緒に記念撮影をする。

 C九江で狭心症を患い、大学付属病院にお世話になって一命をとりとめたが、お世話になった医師、保健師のみなさんにお礼をかねて訪問した。主治医の先生も大変喜んでくださり、「どれどれ」といった具合で、聴診器をとり、血圧をはかってくださった。中国のカテーテル手術の技術にお世話になったことがありがたい。

写真右:九江学院の日本語教師(中国人)とともに
写真左:九江学院日本語交流センターで学生たちと
写真中:付属病院の医師たちと(右から2番目のドクタ    ーが私の手術を執り行った先生

* 春節宴会……2009/02/23…
2009年2月21日
鹿児島県日中友好協会春節宴会
 鹿児島県内の友好団体と鹿児島にいる中国人学生が春節を祝い、市内のホテルに集まった。主に鹿児島大学に在学する中国の学生たちと行政の交流員として派遣されていた人たちであったが、10名以上の参加を得て楽しかった。
 
 二人の学生による、2008年度の日本語スピーチコンテストの受賞者によるスピーチ実演をきいた。
理路整然と、日本語を駆使して、自分の考えをまとめて話していた。感心するばかりであった。

 ある学生は、3月には就業を終えて帰国する者もいる。ある学生は、日本語を活かすため、トヨタ関連の会社に就職が決まり、日本で働くことになった者もいる。彼女はきっと中国向けのビズネスで活躍することであろう。

写真左:西方ウイグル地区のおどりを披露する留学生
写真中:中国人留学生・交流員紹介
写真右:参加者集合写真

* 春節おめでとう……2009/01/27…
九江のみなさん
九江学院のみなさん
九江学院医学院のみなさん
九江学院外国語学院日本語科のみなさん
九江市基督教会のみなさん
九江市九江県(沙河)基督教会のみなさん

春節おめでとう。春節快楽!!
Happy New Years to Jiujaing Friends

わが故郷種子島で撮影した「二重の虹」の写真です。こんな虹、日本ではめったにみられません。とても珍しい。

写真説明 2009年1月25日撮影、種子島の日本実用衛星発射場の虹

* 秋の花……2008/09/25…
1,ゲッカビジン(月下美人)写真中
 月下美人は9月の花。しかも、真夜中に咲くので、早寝の習慣があるひとはなかなか看ることができない。夜中の11時頃開花し、30分後はしぼんでしまい、翌朝はしぼんだ花痕しかみれない。短命なだけ、その美しさは一入。可憐、優雅、哀れを感じさせる。

2,サボテン(写真左)
 サボテン花は、一年に3回ほど開花する。花は長持ちしないけど、集合して咲くので遠くからでもよく目につく。

3,オシャンブリュー(写真右)
 とても勢力ある花で朝顔科の一種。初夏から晩秋にむけて咲く。碧の鮮やかさが見物。繁茂が早く、夏のグリーンカーテン用に最適。

* ライオンズクラブの活動……2008/09/25…
  九工学院日本語交流室へ図書を送る事業に種子島ライオンズクラブ(獅子会)が参加した。

  地域の人が九工学院日本語科の生徒の教材にと寄贈してくれた図書を同学院に送付するわけだが、その送料を同クラブが引き受けてくださった。

  こんな形でも日中友好の活動ができるのも、ありがたいことである。

  種子島ライオンズ・クラブは月2回例会を開き、国歌斉唱、ライオンズの歌で開会し、奉仕活動について協議したり、他の姉妹クラブと交流したりする。

  ライオンズはLIONSの頭文字でたまたま、百獣の王ライオンと綴りが同じことから、獅子会というようになった。


L:Livertyー自由
I:Interigenceー知性
O:Ourー自国
N:Nationー国
S:Saftyー安全
その頭文字はLIONS(Lions)となる。


ライオンズ・クラブのモットー
"Liverty、Interigence、Our Nation's Safty"
「我々は自由と知性を重んじ、自国の安全を願う」

 アメリカ・シカゴを発祥の地とし、世界のライオンたちが地域のニーズに応える奉仕活動、清掃や交通安全活動のほか、青少年育成、交換学生制度、緊急災害時の援助などを行っている。

  南北アメリカ、豪州、ヨーロッパ、アジア、アフリカにそれぞれ展開している。日本の近隣では韓国、台湾、香港、シンガポール、インド、マレーシアなど。台湾、香港では「獅子会」と呼ばれている。近年は中国シンセンにも結成されている。

写真:例会風景とライオンズ旗

* 敬老の日……2008/09/25…
9月15日は」敬老の日(敬老節)
この日は国民の祝日となっており、学校も官庁も休日。各地域で敬老行事が執り行われる。わたしの、種子島でも、敬老会が開催され、参加した。

写真説明・敬老会に出席したときのスナップ

* 秋節の花……2008/09/25…
9月23日は秋節。秋の彼岸ともいう。この時期になると、彼岸花があちこちに見られる。中国ではこのはな見かけなかったような気がする。中国のみなさん、見てください。

写真説明:1,2,3赤が一般的だが、最近は赤のほかにも黄、橙色の彼岸花も見かける。

* 鉄砲祭(続き2)……2008/08/26…
写真説明
パレードは学生・職場団体・婦人会など各種団体が趣向をこらして、参加した。

写真1:小学生の鼓笛パレード
写真2:太鼓同好会により演技
写真3:おどけた人形

* 鉄砲祭(続き)……2008/08/26…
写真集
@ 鉄砲隊パレード:22団体の鉄砲隊は各々の出で立ちで市中を歩き、市民との交流を深めた。
AB 鉄砲隊にあわせ、フラダンスの披露や婦人連の手踊りも披露される

* 鉄砲祭……2008/08/26…
1543年8月、ポルトガル商人が乗船していた帆船が種子島近海で台風に遭遇した。このとき、島民は、当主を筆頭に遭難した乗組員を手厚く保護した。島主種子島時尭は、商人が携えていた鉄砲(火縄銃)に興味を示し、2丁の銃を入手し、島内の刀鍛治八板金兵衛に命じて、国産化を図る。苦労の末、国産銃の製造に成功し、以後、堺商人の手で急速に製造拡販され、いち早く武器として取り入れた織田信長により、長く続いた戦国時代に終止符を打つ契機となった。

 種子島では毎年鉄砲伝来を記念して鉄砲祭りを開催する。今年は市制50周年とあいまって、日本全土から22団体の火縄銃研究グループが集まり、それぞれの演技を疲労した。

写真1、種子島とポルトガル友好の印として、水夫の像が建っている。(大阪万博で使用した像を移設したもの)

写真2、3:鉄砲の実射演技

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